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エイゼンヒストリー
100年の物語〜

大正13年
関東大震災で荒れ果てた地に
住まいを提供するため、長屋を建築したのが
私たちエイゼンの始まりでした

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後三人男 ― 墨田区京島の街の原点

1923年(大正12年)、関東大震災が発生しました。死者・行方不明者は約10万5千人、全壊・焼失・流失した家屋は21万棟以上に及び、多くの人々が住まいを失いました。震災後の東京では、被災者のための住まいを早急に確保することが大きな課題となっていました。

 

比較的被害の少なかった墨田区京島の地には、多くの長屋が建設されました。その中心となったのが、新潟県(越後)出身の深井豊吉・深井国太郎・片桐與蔵の三人で、地元では親しみを込めて「越後三人男」と呼ばれるようになりました。

 

当時の京島には水田や沼地の跡が残り、まだ宅地として整備されていない土地が多くありました。三人はこうした土地を取得して埋め立て、宅地を造成した上に長屋を建設しました。建てた長屋を貸家として経営し、その収益をもとに再び土地を確保して建設を続けることで、街に多くの住まいを供給していきました。

 

こうして築かれた長屋群は、震災後の京島に暮らしを取り戻す基盤となり、現在の街並みの原点のひとつとなっています。 なかでも片桐與蔵は、長屋建設と経営を継続的に発展させ、その歩みは現在のエイゼンの事業へと受け継がれていきました。

初代|

片桐與蔵 ― エイゼンの原点となった大工

「越後三人男」の一人である片桐與蔵は、1885年(明治18年)に新潟県に生まれ、1924年(大正13年)に関東大震災の翌年に京島へ移り住みました。そして震災復興の時代の中で長屋の建設を始め、住まいを求める人々のために多くの住宅を供給していきました。

 

1935年(昭和10年)には「片桐永全合資会社」を設立し、長屋建設と借家経営を本格的に進めます。1940年頃までに京島地区に約20棟の長屋を建設し、地域の住宅供給を支えました。

その後は戸建住宅の建設にも取り組み、京島や押上周辺に土地を取得しながら住宅建築と不動産経営を続け、地域に根ざした事業を広げていきました。

 

片桐與蔵が築いた長屋の多くは、時代の変化の中でも更新されながら受け継がれ、現在のエイゼンの不動産事業へとつながっています。震災復興の中で始まった住まいづくりの精神は、100年を超えた今もなお、私たちの事業の原点として息づいています。

二代|

片桐吉蔵 ― 戦中戦後を支えた二代目

戦後間もない1946年(昭和21年)、片桐與蔵の跡を継ぎ、片桐吉蔵が社長に就任しました。戦時中の空襲により東京の多くの地域が焼失する中、京島地区は奇跡的に被害が少なく、戦前に建てられた長屋の多くが残されていました。

 

二代目はこれらの長屋を維持しながら、新たに戸建住宅の建設にも取り組みます。戦後の住宅不足が深刻な時代に、土地を活用して住宅を建築し、借地権付き建物として販売することで、多くの人々に住まいを提供しました。

 

こうした取り組みによって事業基盤は着実に広がり、エイゼンの不動産事業は戦後の復興とともに発展していきました。先代が築いた住まいづくりの精神は、二代目の時代を通じて受け継がれていきました。

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三代|

2002年(平成14年)、三代目となる片桐茂夫が社長に就任し、会社は株式会社化して「株式会社エイゼン」へと社名を変更しました。

長屋中心の不動産経営を続けてきた中で、建物の老朽化が進み、空室が目立つようになっていた時期でもありました。

 

片桐茂夫は、賃貸経営だけに頼らず自社物件を有効活用する新しい事業の可能性を模索し、コインランドリーやコインパーキングなど自営店舗の運営を開始しました。店舗は人件費を抑えた無人運営を基本とし、そのためのシステム開発にも取り組み、多くの特許も取得しています。

 

その後も事業の幅を広げ、フィットネス施設やシェアハウスなど新たな取り組みを進めました。三代目の時代は、不動産業に加えて多様な事業へ展開する基盤が築かれた転換期となりました。

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片桐茂夫 ― 事業の転換期を担う

四代|

片桐拓弥 ― さらなる挑戦を地域とともに

2020年(令和2年)、四代目片桐拓弥が代表取締役社長に就任し、片桐茂夫は会長に就任しました。震災後の長屋建設から続く住まいづくりの歴史は、四代目の時代へと受け継がれています。

 

先代とともに築き上げたフィットネスとコインランドリーを組み合わせた施設や、大相撲押尾川部屋を迎えたシェアハウス、古屋を再生した民泊施設など、自社物件の可能性を広げる取り組みを進めています。徒歩圏内に生活を支える施設を集め、地域に根ざした暮らしの拠点を形づくろうとしています。

 

また、押尾川部屋の朝稽古見学会やちゃんこ会、地域スポーツの支援、祭礼への協力など、人と人のつながりを育む活動にも力を注いでいます。さらに長屋を活かしたアトリエづくりなど、新しい文化の芽を支える取り組みも続けています。

 

これからも既存の枠にとらわれない発想で、住まいや事業の新しい可能性を探りながら、人が集い、地域の魅力が育まれていく場づくりを進めていきます。次の時代の京島の暮らしを見据えながら、この街とともに歩み続けています。

 

 

>> 片桐拓弥「エイゼンの想い」を読む

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― エイゼン年表 ―

大正13年11月

初代片桐與蔵が新潟から墨田に移住 関東大震災後の荒地に長屋を建築

大正13年~15年

長屋建築ラッシュ

昭和10年7月16日

「片桐永全合資会社」設立 片桐與蔵が社長に就任

昭和20年8月

終戦 所有する長屋は多くが戦火を免れる

昭和21年11月21日

2代目片桐吉蔵が社長に就任

平成14年4月10日

株式会社エイゼンに社名変更 3代目片桐茂夫が社長に就任

平成14年~16年

コインランドリー、コインパーキング、自販機事業を始める(自販機事業は平成28年に撤退)

令和1年12月

フィットネス事業を開始「24Hフィットネス筋二郎」オープン

令和2年3月

シェアハウス事業を開始

令和2年4月1日

4代目片桐拓弥が社長に就任 片桐茂夫が会長に就任

令和4年4月

大相撲 押尾川部屋が入った「クリエイティブハウス文花」が完成

令和5年~

押尾川チャンネル」をエイゼンが運営

令和7年1月

民泊事業を開始「ホテルポローニア京島」オープン

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